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特定非営利活動法人がんサポートコミュニティーは、がん患者さんとそのご家族のために専門家による心理社会的なサポートを提供するNPOです。

TEL. 03-6809-1825

105-0001 東京都港区虎ノ門3丁目10-4
虎ノ門ガーデン
214号室

腎臓がん・膀胱がんKIDNEY & BLADDER CANCER

「あいみての 後の心に くらぶれば」T・M(60歳代男性、膀胱)

私のがん体験は20025月に武蔵野市の日赤病院にて膀胱がんが内視鏡検査の結果判明し、その年の8月に入院手術ということで始まりました。幸いなことに腫瘍が膀胱の表皮部分に留まっていたため内視鏡手術で対応でき、全摘せず臓器を温存することができました。しかし手術前に医師からこのタイプのがんは手術後99%再発しますと言われた通り、その後2年間に二度再発し、その度毎に内視鏡手術を受けました。その後BCG膀胱注入療法を何度か受け、発熱、頻尿、排尿痛等のかなり厳しい副作用がありましたが、幸いなことに再発もなく現在に至っております。ジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)のサポートグループには200210月から参加させていただいておりますが、サポートグループに参加なさっている皆さまとの交流が私に精神的安定をもたらし、その後の2回の再発にも動揺することもなく乗り切れたのではないかと思い、スタッフやサポートグループに参加なさっている皆さまには深く感謝しております。
最近偶然立ち寄った本屋で手に取った小倉百人一首にその一部をこの文章の題名とした短歌を見つけました。
あいみての 後の心に くらぶれば 昔は物を おもはざりけり
この短歌は私が高校時代に古典の授業で習ったもので、権中納言敦忠という平安時代の貴族が詠んだものです。その本来の意味は「あなたにお逢いした後の、このせつない我が心に比べれば、昔は物思いとも言えないものでしたよ」という、男性が魅力的な女性に出逢い恋をしてしまい心乱れる様を詠んだものですが、その時の私にはがんという病気に出合ってしまった自分の様子を短歌として詠んだのならばこのようになるのではないかと思ってしまいました。がんに出合ってしまってからは、病気から由来する痛みに苦しみ、行く末を思い悩み、この病気から結果する死についてや、自分の人生の意味について深く考えるようになったと思います。それはがんに出合う以前の安易で成り行き任せの何も思い悩んでいなかった私の生き方と全く別なものでした。まさに昔は物をおもわざりけりです。がんとの出合いは私に多くの苦しみをもたらしましたが、その結果出合ったジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)のスタッフやサポートグループに参加なさっている皆さまとの交流は私に希望と勇気を与えてくれました。私にはジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)との出合いもまた、この短歌のように思われます。

The Wellness Community(現Cancer Support Community)創設者のHarold H Benjamin博士が「サポートグループの参加者が一つの家族の一員であるという意識が持てるようにすることがスタッフの任務である」と私たちに教えています。T・Mさんにとってサポートグループが家族同然?家族以上?の存在と感じていただけたことは私たちにとって誇りです。

「竹中先生ありがとうございました」S・M(60歳代男性、腎臓)

20074月、66歳。退職後小さな会社で働き、4年ぶりの健康診断を近所の病院で受けた。肺が引っ掛かり紹介状を持って総合病院内科で再検査を受けたが、突然泌尿器科へ紹介された。「あの…肺では?」と思いながら超音波やMRIなど、2か月半に及ぶ検査、検査…。ある日、「もし重大な病の場合、あなたは病名を知りたいですか?/知りたくないですか?」といった質問票を渡された。「知りたい」と希望すると、主治医は画像を見ながら「左腎臓がんです。抗がん剤有効率は10%20%でしょう。もし大学病院やがんセンターなど希望があれば紹介状を書きましょう。もし私に任せてもらうならやりましょう。1週間以内に結論をください。」と。他の道は知らないので即決。
全摘手術を受けて退院。夜は眠れず三時から「ラジオ深夜便」で歌謡曲を聴いていると、『こころの時代…がんと向き合い、希望を持って生きる』と竹中文良先生のお話がイヤホンから聴こえる。竹中先生のお話に目はランラン。「そうだ、一人で悶々と悩んでいても…」と思い、それでも2か月くらい迷ってから電話。とても優しい温かい女性の声。12月にクリスマスパーティがあるが、もし宜しければ急でもOKとのこと。いきなりデビュー。約90名の参加者にビックリ。「エ〜ッ!本当にがん患者さんなの?」と。
再発転移の不安があるだなんて家族には愚痴になりそうで申し訳ない。主治医は入院中無駄口なし。回診後、ベテラン看護師曰く「腕はいいと評判なんですよ」と苦笑。心の悩みなど話せない雰囲気。今は、がん友の皆さまと語り合うサポートグループに参加している。

それにしてもがんの本や情報が巷に溢れている。有名な病院や医学博士の「がんが小さくなった」「抗がん剤は効かない」「間違っている三大治療法」「全国がんの名医」等々。がん患者は藁をも掴みたい思い、でも、もし片端から読んだら、どうすりゃいいんだいと、きっと私はパニックになる。テレビのワイドショーでは有名人の壮絶ながん闘病が報道され、ドラマは相変わらず必ず結末は死亡である。私にとってがんは生涯現在進行形であると認識している。どうもシックリこない。
作家の五木寛之氏は、今日一日の終わりに、どんな小さなことでも良かったことを五つメモで書いてみたらと提唱している。例えば、街で小さな可愛い女の子を見た。真っ白な大空に飛行機雲を見た。冷たい雨の足もとにちょっぴり春の足音を聞いた。そう言えば、ジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)会員でエッセイストの岸本葉子氏の著書『がんから始まる』の文中の「仲間を作る・グループ療法とその効用」でも五つ書いていた。
残念ながら人生を卒業される会員もいる。某フォーラムで解剖学者の養老孟司氏が人間の死亡率は100%…と。なるほど、当たり前だ。わかっているけど…。竹中先生が「がんになったことは不運ではあったけれども、不幸ではない」と話されたと聞く。確かにそうだ。がんにならなければ出会わなかっただろうジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)、サポートグループのがん友、決して不幸ではない。この縁を大切にしたい。
最後に小生の下手な句を。
・がんもどき であってほしいと おでん食べ
・癌よりも がんと書くのが ホッとする
・深夜便 孤独列島 駆けめぐる
・再発か 窓越し見ゆる 重き梅雨


俳句は五七五の音韻からなる世界最短の定型詩。S・Mさんの思いが五七五の音韻に凝縮されていますね。いのちの歳時記編集委員会著『いのちの一句』(毎日新聞社)に、渥美清ら25人のがん経験者が詠んだ俳句「がん句」200余が収録されています。詩句の中で眼目となるところを意味する「句眼」と「がん経験者が詠んだ俳句」を掛けて「がん句」となったのでしょうかね?

「竹中文良先生の面影に出遭えるところ」M・K(70歳代男性、腎・膀胱)

竹中先生が逝って、あっという間に1年が過ぎました。
竹中先生に最後にお会いしたのは、昨年68日、当時赤坂にあったジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)の事務所近くの路上でした。それまで入退院を繰り返されていた竹中先生とは、4月以降、事務所にお伺いしても、ほとんどお会いする機会がありませんでした。
そのため、偶然お会いした時は、これでまたお元気に復帰されるとの思いで、(よかった、よかった)と思わず握手しました。「これから昼食(お蕎麦)です。」と笑顔で仰ったその時の温かい竹中先生の手の感触が忘れられません。
それから1ヵ月ほどして、竹中先生の急逝の知らせに接しました。それは余りに突然の知らせでした。そして、これからのジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)はどうなるのだろう、また自分自身はどう関わればよいのだろう等々、心の準備のないまま取り乱し狼狽したものです。
そして1年後の今年七月、ドイツの旅から戻り、2ヵ月ぶりに神谷町に移ったジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)の新事務所に顔を出しました。ドアを開けると、そこは以前のように、にこやかに会釈をされる竹中先生がいるような、アットホームな雰囲気が満ちていました。
思えば、ジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)の立ち上げを新聞で知り、事務所を訪問して、初対面ながら親しく話をさせて頂いたのが、10年前の20019月。それからず〜っと、公私にわたり大変お世話になりました。サポートグループやセカンドオピニオンの場での、時に辛辣な、また時に相手の心をくすぐるコメントは、実に味わい深いものでした。そうした情景を反芻しながら竹中先生を偲びそして竹中先生と対話する相応しいところ、ジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)をおいて他にないと確信しました。1年前の不安・狼狽は杞憂に過ぎなかった!
竹中先生が遺されたもの、それはがん患者を惹きつけるジャパン・ウェルネスのユニークな魅力だと思います。先生が創立時に掲げられた三つのポイント(サポートグループ、セカンドオピニオン、カルチャープログラム)に心血を注いで実践され、それがスタッフや会員ほか関係者に根付いて継承されていると思います。そのユニークな魅力とは、病気や加齢と同じように、体験した者にしか分からないように、筆舌で表せないのがもどかしいとの思いです。
竹中先生亡きあと、渥美新理事長の下、中神先生が復帰され、また福井さん(今では先生)が研鑽を経て再登場されるなど陣容も格段に強化充実されたことも心強い限りです。
これからもお世話になりますので、よろしくお願いします。


人は、その人を記憶している人が誰もいなくなるまで死なないのだと思います。竹中先生を私たちが記憶している限り、生きているのだと思います。だからこそ、ここに、そして、今も、“タケナカイズム”は生きています。

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