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特定非営利活動法人がんサポートコミュニティーは、がん患者さんとそのご家族のために専門家による心理社会的なサポートを提供するNPOです。

TEL. 03-6809-1825

105-0001 東京都港区虎ノ門3丁目10-4
虎ノ門ガーデン
214号室

肺がんLUNG CANCER

現在“肺がん”手術後4年目です E・U(50歳代女性、肺)
5年を振り返って T・O(60歳代男性、肺)

わたしのがん体験―もう2年?まだ2年? K・U(60歳代男性、肺)
思い出す治療 T・S(50歳代女性、肺)
本音で話せる場所 H・S(60歳代女性、肺)


現在“肺がん”手術後4年目ですE・U(50歳代女性、肺)

早いものでジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)と出会ってもう3年半が過ぎました。
必死の思いでジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)のドアを開け、中に入ると満面の笑みで迎えてくださったスタッフの優しい顔が今も私の脳裏に鮮明に浮かんできます。そして、自然に迎え入れていただいたメンバーの方々。思わずドッと涙があふれて言葉が出ない私に、「いっぱい泣いたらいいんですよ。ティッシュならいっぱいありますから…」と笑顔でティッシュの箱を差し出してくださった若い女性のメンバー。まるで昨日のことのようです。
58歳の秋、職場健診の胸部レントゲンで左肺の陰影が指摘され精密検査を受けることになりました。そして結果は「肺がん」。左肺上葉に3センチ以上の陰影、さらに右肺上葉にも5ミリ〜1センチのすりガラス様の陰影が3ヶ所あることが判明しました。半年間の経過観察を経て翌年7月、左肺の陰影は4センチに増大しており、緊急に左肺上葉切除・リンパ節郭清の手術が行われました。腺がん、病理病期TBということで幸いリンパ節への転移もありませんでした。術後補助療法の抗がん剤は、生存率を高める可能性は低いという主治医の説明があったことと、副作用のことなどを考慮してやめました。
術後4週間で職場復帰。一睡もできず、フラフラで、駅の階段は息切れのため途中で立ち止まり深呼吸をし、満員電車では創部をかばいながらの出勤でした。術後の約3ヶ月間は痛みが残り、不眠と悪夢を見る日が続きました。また、胸部の手術であり薄着の季節なので、きちんとした下着をつけられないというのはとても不都合なことでした。腹巻やマタニティ用の腹帯、晒などを試してみましたが、ずれてしまい役に立ちません。フッと思いつき、病院の売店を覗くと、隅っこに乳がん術後用の下着が置いてありました。早速、そのタグを見て製造元に駆けつけ、私に合うものを作ってほしいとお願いしたところ、スタッフの方がサイズを図りながら「これなら高いお金を出して作ることはありません。既製品で十分です」と親切に対応していただきました。ここもまた笑顔で素敵な部屋に迎えていただき、ご馳走になった温かいピーチティーの味が忘れられません。注文していた下着は、いたわりの言葉を添えた手紙とともに送られてきました。
痛みや悪夢のため不眠が続くと仕事ができません。強い鎮痛剤は、一度に10回分しか処方されないため、かかりつけの近くの医師にお願いし、悩まされていた不眠や悪夢については精神科を受診して抗うつ剤、睡眠薬を処方していただきました。そして、次第に体力がつき、鎮痛剤も抗うつ剤も卒業していきました。今は、4ヶ月に1回の経過観察をしながら、週4日元気に働き、月2回のサタデーグループ(就業されている方を対象にしたサポートグループ)に参加して皆さんにエネルギーをいただいています。振り返ってみると術後の数ヶ月間は、痛みや不眠・不安と向き合いながら、当面の生活をどのように送ればいいか、格闘していた時期だったと思います。家族や友人、職場の仲間にはとてもよく支えてもらいました。しかし、やはり本音を語りあい安心できる場は、同じ“がん”と向き合っている仲間、そしてそれを心から支えていただいているジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)です。医療の場では、あまりにも忙しい医師や看護師、少ない在院日数などのため、患者の退院後の生活のことまで関ることはできていないように感じます。また、治療後が第二の治療のスタート地点であるということはまだまだ認識されていないように思います。ジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)のような地域での患者支援システムがもっと充実することが必要です。これからは、私も自身の体験を少しでも生かしていければ…と思っています。


会員で、エッセイストの岸本葉子さんの著書『がんから始まる』(文春文庫)のタイトルにもなっていますが、E・Uさんの仰る通り、「治療後が第二の治療のスタート地点」ですね。がん対策基本法によって地域での患者支援システムが少しずつ充実していくことを期待しつつ、ジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)もその一端を担えればと思っています。

5年を振り返ってT・O(60歳代男性、肺)

2005年に左肺下葉部分の摘出手術(肺がんU期A)を受けて、5年が経過しました。一つの節目と言われる5年を過ぎたことで、この5年間を振り返ってみたいと思います。2004年にそれまで毎年受けていた人間ドックの検査で、肺に白い影があるとの指摘を受け、その後3か月毎にCT検査を受けましたが、だんだん影が大きくなっているとのことで、その年の秋に専門医の診断を受けるよう言われました。紹介された病院での検査で、手術による腫瘍の切除を勧められ、2か月待って摘出手術を受けました。その後の検査で摘出した下葉の肺のリンパ節にがんの転移が見られ、U期と判定されるとのことでした。当病院では、がんがT期の場合には術後何もしないが、U期の場合には再発を防ぐ目的で抗がん剤投与を検討するとの方針で、肺内科に廻されました。肺内科では、抗がん剤投与の方法について説明がありましたが、抗がん剤の投与を受けるか否かは患者本人が決める(いわゆるインフォームド・コンセント)ように言われました。まだがんについての知識が全くなかったため、2週間の猶予を貰い、がんの本を読んだり、23の知り合いの先生に相談しました。相談した先生方は投与の方法について違いはありませんでしたが、どの先生からも再発予防のために抗がん剤を受けることを勧められました。これに対して、妻は抗がん剤投与に反対し、迷った挙句に当病院からの薦めで入会したジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)のセカンドオピニオンを仰ぎました。セカンドオピニオンでは、どの先生も抗がん剤投与には否定的で、特に竹中文良先生の「万が一がんが再発すれば、その時に抗がん剤投与を受ければ良いのではないか」とのご意見で、投与を受けないことで決心がつき、その旨を肺内科の先生に伝えました。その後ジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)での短期サポートグループや肺がんサポートグループで、参加されている皆さまの色々な悩みを知ったり、がんについての有益な情報を得ながら、それまでの乱れた生活態度を改めるべく、自分ながらに次のような方針を決めて、これまで実行してきました。
一 適切な食事をすること
食事は、原則として玄米食にし、有機無農薬の野菜をできるだけ多く摂り、肉食を極力避けること。(蛋白 源は魚と大豆から摂る)また、海藻類やキノコを摂り、添加物を避けること。実は、この食事方法は、妻が以前から実践していたので、外食を避け、できるだけ家の食事を摂るようにしました。また、がん細胞は、甘いものを好むとのことで、砂糖類をできるだけ摂らないように心がけました。手術後6か月経っても、体力が十分回復しないので、懐疑的であったビタミン類等のサプリメント(合成物を避け、天然物にこだわりました)を摂ることにしました。1年くらいこれを続けるうちに、これまで電車に乗ると座らないといられなかったのが、立ったままでも平気になるまで体力が回復してきました。ただ、サプリメントの摂り過ぎについては弊害説もあることから、量を減らして今日まで続けています。
二 適度な運動をすること
術後、主治医から身体が痛くても、できるだけ毎日歩くように言われ、家の近くにある尾根を毎日1時間歩くことにしました。最初は、毎日同じ道を歩くのはどうかと思っていましたが、そのうち、野草の花の美しさ、野鳥(雉等)に出くわす楽しさで、帰宅する頃にはリラックスするようになりました。また、町内会の太極拳同好会に参加しましたが、精神的な安らぎを覚え、今日まで続けています。

三 リラックスし、十分な睡眠時間を取ること
がんの原因の一つにストレスがあると言われていますが、毎日寝る前にゆっくり風呂に入り、日中時間があれば、クラッシック等の音楽を聴いています。(特に、モーツァルトの音楽は、免疫力を増すとの説もあります)
これまで体調が少し悪いと、がんが再発したのではないかと不安になることがしばしばありましたが、幸い半年毎の検診で異常なしと言われ、5年が経過しました。改めて、これからも体調に留意し、頑張りたいと思っています。


1996年にハーバード大学のがん予防センターから発表されたアメリカ人のがん死亡の原因では、喫煙(30%)、食事(30%)、運動不足(5%)、飲酒(3%)の合計で全体の68%になりました。これらのがん死亡は、生活習慣の見直しによって予防できたものと考えられます。T・Oさんは、これまでの5年間を生活習慣の改善で過ごされてきたのですね。

私のがん体験―もう2年?まだ2年?K・U(60歳代男性、肺)

この7月末で肺がんの手術からまる2年が経ち、3年目に入る。もう2年が過ぎた、というべきか、まだ2年しか、というべきか。その間、CTMRIなどの検査を受け、一時胸膜炎になりかけたが、それ以外は転移も再発もなく過ごすことができた。
当時の記憶をメモでたどると、2009年の春に咳と痰が止まらず、4月中旬に近所の内科医で簡易CTと喀痰検査を受けた。翌日、結果が大学病院から届いたので、肺炎か何かだろうと軽い気持ちで伺ったところ、先生は、お気の毒、という顔で紙を差し出した。そこにはLUNG CANCERの文字が見え、「肺がんですか?」というと、「その疑いが濃厚です」との返事。その時、「やっぱりそうか、50年近くもタバコを、しかも味の濃いものを好んで吸い続けたのだから、その報いだ」と妙な納得感を覚えた。
早速、大学病院で呼吸器鏡検査を行った結果は、左肺上葉部の扁平上皮がんで大きさは4センチ大、既に周囲のリンパ節にも転移している。ステージは手術がかろうじて可能なVA期だが、4センチもの大きさだとすぐに手術は無理、まずは抗がん剤2クール(約2か月)と20日間の放射線治療で様子を見ようと5月中旬に長期の入院をした。
苦しかったのは抗がん剤の副作用。放射線の影響も加わって、一時は食事も取ることができず点滴で栄養補給した。「このまま息絶えてしまうのでは?」と思えたほどの諸々の副作用が、書物に書いてあるとおりの症状で、時間をおいて確実に表れた。体重は65キロが52キロまで減り、体毛は殆ど抜け落ち、白血球激減で奥歯が膿み、2本ほど抜歯した。この副作用の経験だけは二度と思い出したくないが、しかしその効果はあったようで、7月に入ると4センチのがんが殆ど見えなくなるまでに縮小し、主治医もこれなら手術ができるとその準備に入った。
7時間に及ぶ手術の後は翌日まで集中治療室で過ごしたが、記憶にあるのはひどい痛みだけ。痛み止めを何度も看護師さんにお願いし、とうとうこれ以上だと許容を超えるから、と拒否された。主治医に、痛いのを何とかしてほしいと訴えたところ、2か月から3か月で痛みはなくなるでしょうとのこと、そのとおりに3か月目には痛みが消えた。その間、術後の抗がん剤治療を2クール行ったが、その副作用に伴う症状も時期も以前の経験から予想することができたので、苦しさもそれほどでなく、自宅療養で何とかやり過ごすことができた。
その時に、がん体験者の本を手当たりしだい読んだ。部位に関わらず、色々な方々の様々な経験は、実に参考になった。その中の1冊、エッセイストの岸本葉子さんの『がんから始まる』(文春文庫)が印象に残っている。それは次のような意味で、手術で問題の部分は取り除いたが、それで終了したと思ってはいけない。盲腸の手術と違って、がんの場合、いつ、どこに再発・転移がでるか、主治医にも誰にも分からない。患者は、誰に頼ることもできず自分一人でその不安と恐怖に耐えて生きていくしかない、というもの。ジャパン・ウェルネス(現がんサポートコミュニティー)の存在をこの本で知り、早速入会して、20101月に初めて肺がんグループの集まりに出た。同じがんでも色々なステージがあり、様々な治療があり、異なる経験があって、それぞれの報告や先輩たちのさりげないアドバイスは治療を終えたばかりの身には心に染み入るものであった。特に、会報「通信」第17号編集後記の「がんに囚われた者になるな、自分を見失うな」という部分は、上記岸本さんの記述と呼応して、恐怖におののく私にとって一つの生き方を示してくれ、安心感を与えてくれた。
その後、がん患者の合唱グループ「いきのちから」にも参加して、生まれて初めて自主的に楽譜を見ながら声を出した。レパートリーはモーツァルトから文部省唱歌、この会のために作られたオリジナル曲まで揃っていて、毎年クリスマスには発表会を行っている。上手いかどうかはともかく、腹の底から発声することは全身での呼吸にもつながり、普段使わない筋肉を使うことから一種体操のような爽快感も得られて、退職後の私にとって今や欠かせない生活の一部となっている。

「まだはもうなり、もうはまだなり」という言葉が金融市場の世界にあります。がんの場合も同じではないでしょうか。まだ2年(悲観主義)と考えるか、もう2年(楽観主義)と考えるかでは、生活していく上で、気持ちの持ち方に大きな違いがありそうですね。でも、常日頃気を付けて生きていくために心がけるのは、「まだはもうなり、もうはまだなり」でしょうか。

「思い出す治療」T・S(50歳代女性、肺)

45歳の時、早期の肺腺がんと告知され手術したが、病理検査の結果はステージV。がんは縦隔リンパ節に転移していた。
動揺したまま担当が外科から腫瘍内科へ。新しい先生と対面したが、現実が受け入れられず、顔を上げることもできなかった。
「大丈夫?何回でも説明するから安心して」
「分からなかったらストップかけて下さい」
と優しく声をかけてくれた。今の体の状態、今後予想されること。理解するまで図入りで説明してくれた。
再発予防の化学療法と放射線療法を勧められた。治療が自分に有効か、体力が持つか不安だった。「やる価値はあるし、副作用は私たちがカバーします。あとは、自分でやると決めることで力がでます。」と先生。夫とも話し合い、最後は自分の意志でやることに決めた。
「がんは容赦しません。でも、副作用も容赦しません。体調は自己申告なので、少しでも変化があったら教えて下さいね。」抗がん剤の針を刺す手際も良く、痛みを感じず、いい先生だなと改めて感じた。
「大丈夫?我慢してない?」
「今は副作用出てないけど、しっかりお薬入れてるから安心して。」
と看護師さんと連携し、日に何度も病室を訪ねてくださった。不安で落ち込んだ時には、心療内科の先生を呼んできてくれた。守られている感じがして次第に気持ちも落ち着き、安定した入院生活の中、放射線治療も併せて終えることができた。
最後の腫瘍内科の診察で、「笑顔がでるようになりましたね。貴方には素敵な家族がついているし大丈夫。この先もし何ごとか起きたら、その時また一緒に考えましょう。それまでお別れです。ゆっくり過ごしてください」力強い言葉を頂いた。
あれから4年、放射線科で経過観察をしながら、調子の波はあるが、家族をはじめ多くの人に支えられて平穏な日々を過ごし、私は50歳になった。
あの腫瘍内科での治療は、緩和ケアも並行してなされていたのだと、今も感謝している。
もしこの先何かが起きたら、あの時の先生に会って相談したい。そして納得のいく道を選択していきたい。


「副作用は私たちがカバーします。あとは、自分でやると決めることで力がでます。」とのT・Sさんの主治医の言葉は素敵ですね。私たちが掲げる「患者の意思を医療者のスキルと結び付けることは共通の敵“がん”との闘いの強力な組み合わせ」というコンセプトまさにそのもの。

「本音で話せる場所」H・S(60歳代女性、肺)

私は家族から夜間に咳をするということで、平成2211月末に呼吸器内科を受診しました。この時に担当いただいた医師からは「良性の腫瘍だ」と言われたため、がんとしての発見が遅れてしまいました。肺腺がんと診断を受け、胸腔鏡による肺腺がん摘出と右上葉リンパ節郭清手術を受けたのは、初めの受診から半年が過ぎた平成235月のことでした。
もし、あの時に担当いただいた医師の言葉をそのままに、セカンドオピニオンを受けなければ今頃どうなっていたのだろうかと震える思いでした。
手術のとき肺の癒着があり、予定時間の2倍かかりましたが、術後8日で退院することができました。退院後辛かったのは術後の創の痛みとしびれ、感覚のないことでした。夏になると、今まで汗が噴き出すようなことはなかった顔の左側だけから汗が流れ落ち、頭皮からも同じように汗が吹き出し洗髪したように毛髪が濡れるようになってしまいました。逆に身体の右側では特に手が冷たく、夏も冬もなく指先まで氷の手のような感覚です。これらの症状は、胸腔鏡による手術の後遺症ではないかと思っています。
このような後遺症を抱えながらも術後2ヶ月半して職場に復帰しました。でも痛みがあり辛くて復職して8ヶ月後に退職することにしました。
友人や知人にがんであることを話すと、哀れみの目で可哀想という表情を返されてしまい、以来がんであることを話すことをやめてしました。でもこの病気のことやこの辛い症状のことを、誰かに話したかった、聞いてもらいたかったのだと思います。
私はこの辛い時期にがんサポートコミュニティーに出会いました。そして、初めてがんサポートコミニティーに伺ったとき、スタッフの方たちが、私を笑顔で迎えてくださり、ホッと安心したことを今でも覚えています。
入会後、参加している肺がんのサポートグループでは、和気あいあいとした雰囲の中にも本音で話せる同じ肺がんを患った方達とのつながりもできて、新たな生活パターンができました。
わが家には、たくさんの病気を患った老猫が2匹います。この猫の介護は大変ですが、その猫たちのためにも術後を通して頑張れた気がします。また、周りの人に助けられ支えられてきていることを感じています。早いもので、今年の5月には2年目を迎えようとしています。がんの再発は怖く予断ができないものですが、今では定期的に検診を受けることと、体調が悪い時には無理せず近所の呼吸器内科を受診するようにしています。そして、ストレスを減らし食べて運動し、熟眠するように心がけ、免疫力を高めていきたいと思います。


自らのがん体験を他人に話すことを躊躇される人は少なくありません。フロイトは「我々が承認できない感情を抱き、これに正面から立ち向かい得ない時、我々はその感情が存在しないものと思い込もうとする」と述べています。誰でもこのような感情は持っています。サポートグループへの参加はそうした感情をコントロールする機会になるかもしれません。

バナースペース

特定非営利活動法人
がんサポートコミュニティー

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